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ちょっと長めの独り言

怒涛は何を奪ったか(蒼穹の昴感想)

※盛大にネタバレしてます。

浅田次郎蒼穹の昴」読み終わりましたすすめされて読んだけどとても面白かった!
西太后の凄みと少女性とか、李鴻章の諦念とか、李自成のエピソードとか面白かった。あと宦官になる男の子の思いとかは、読んでいてグッときた。男でも女でもないものになる。貧困と、諦めと、泡沫のような希望。
そして世界史で名前を丸暗記した人々の、生き生きした姿を拝めるのは単純に興奮する!国を動かす人々をめぐるドラマ!熱い!!

と、大変面白かったんですが、個人的には最後の文秀と鈴々の関係が印象深すぎました。ヤバイ。この二人罪深すぎてヤバイ。

文秀と鈴々って、関係の始まりは少女漫画的なんですよ。文秀は地元で有名な放蕩息子なんだけど、実はとても賢く超難関の科挙試験を次々突破し、全国一位で合格する。で、地元で仲良しの春児(主人公)に会おうと帰って来たところ、主人公の妹、鈴々が母はを失い兄弟も行方不明で、一人で必死に生きようとしている姿を目にする。この時、文秀20歳くらい、鈴々5歳くらい(確か…。)。文秀はなんとかしてやろう、下女のような仕事なら都で見つけてやれるかもしれないと、鈴々も自分と一緒に上京することにするんですよ。で、都への道中に出会った占い師のお婆さんに文秀と鈴々は赤い糸で結ばれてるとか言われるんですよ。マジで?あしながおじさん的展開きた!!ってなりますよね。読者としては。

時は流れて数年後、鈴々は文秀のお手伝いさん、家政婦のような仕事をしています。文秀は超優秀なので、政府の出世頭として、そして若いイケメンとして有名人です。いけ好かないですね。文秀は上司の娘となんかいい雰囲気であり、鈴々はそんな二人に嫉妬するんです。でも家に来た康有為先生に「なんでお前なんかが二人に嫉妬してるの? 文秀とは身分が違うんだから自分の身をわきまえろよw」と言われるんですよね…。その後、上司の娘と文秀は結婚しました。

文秀の結婚後も、鈴々はお手伝いさんとして働き、文秀夫妻と子供のお世話をしています。お手伝いさんである自分の身分をわきまえながら。そんな折、文秀の同胞の復生という男性から結婚の申し出があります。この男性、幼い時に家族全員病で亡くし、各地の親戚の家を渡り歩いた苦労人ですが、心が素直でいじましい男性。以下プロポーズ時の二人の会話抜粋。
「私、字も満足に書けないし、身寄りもないから、お嫁に行けるなんて思ってもいないから」
「いいんです、僕だって身寄りがないし、お金もない。でもだからってあなたを選んだわけじゃない。好きなんです。ずっと好きだったんです」
「そんなこと急に言われても、私いいことなんてひとつもなかったから」
「僕も同じです。だからひとつくらいわがままを言ってもいいかと思って」
そんな、ささやかな幸せを求め合うような復生と鈴々は、やがて結婚を誓い合います。

でも、鈴々の文秀に対する思いは、そう簡単に形を変えられるものではなかったんですね。ある夜、うなされて起きた文秀の背中を鈴々が拭いてあげている時に、文秀は不意に「復生にはもう抱いてもらったのか」と聞きます(友人の復生と妹のような存在の鈴々に体の関係があるかどうか知りたいって文秀ヤバイな、とドン引きしました。)。まだ文秀への想いがくすぶり続けいている鈴々は、文秀の裸の背中に額を押し付けながら「もういっぱい抱いてもらったよ。少爺(文秀)に大事に育ててもらったのに、少爺の了解も取らずに他の男の人に抱かれたんだよ。ふしだらな女だ、ってぶってよ」と泣きます。そして服を脱いで文秀に「抱いてよ」と迫りますが、文秀が彼女を押しのけ、鈴々も我に返って自室に戻ります。

その夜のことはお互いにとってなかったことになったのか、鈴々は復生と幸せな日々を過ごします。輿入れはしてないけど、通い妻みたいな状態。二人は田舎で農家として子供と3人で暮らしていく未来について話します。二人に訪れるだろう、小さなたくさんの幸福。

ところで、復生と文秀は、変法派のグループにいます。改革派というか、今ある制度を変えよう、というグループです。しかし、この変法派グループ、西太后暗殺を企てたとして、捉えられて処刑されることとなります。復生と文秀も捉えられるのですが、誰や彼やの助力があり、文秀だけは日本へ亡命することとなりました。が、復生は自らが死を望んだこともあり、処刑されます。鈴々、復生の処刑の場にたまたま遭遇してしまったんですよね。さっきの、田舎で暮らす未来を二人で語った翌日のことでした。涙なしには見れないシーン。

鈴々は、本来なら変法派の縁者として殺される可能性もあるところ、春児(主人公であり鈴々の兄)の口添えで、文秀の妻のふりをして共に日本へ亡命させてもらえることとなりました。
日本へ向かう船の中、文秀は同胞を失った哀しみ、志半ばで国を救えなかった怒り、また自分も仲間とともに死を選びたかったという気持ちで荒れに荒れている。文秀は気持ちが荒みすぎて、同行してる鈴々に暴力も振るいます。そして酒を飲んで泥酔した状態で鈴々を犯します。酔いから覚めて初めて鈴々と交合したことに気づき、そしてシーツが処女の証の血で汚れていることに気づき、真っ青になる文秀…。そんな二人で物語は終わります。

ヤバくないですか? 妹のように、娘のように育ててた少女を、自分の同胞の男と結婚するはずだった少女を、夫になるはずだった同胞の男が処刑された直後に、しかも自分も一緒に処刑されるはずだったのに、自分の分も背負って処刑されたような同胞の彼が処刑された直後に、強引に犯したんです。結婚するはずだった人を失い、悲しみ、傷ついていた鈴々を犯したんです。しかも処女って。きっと復生を捧げるはずだった処女を、育ての親みたいな自分が酔った勢いで奪ったんですよ…。少女はかつて自分を愛していて、今でも恋心を封じて家族のような愛を向けてくれていたはずなのに。

めっちゃ罪深い!! 考えれば考えるほど罪深い!! この後文秀は苦悩でのたうち回るんだろうなあ。この二人の今後を思いながら本をそっと閉じました。物語の中でいろいろ面白いシーンがあったんだけど、最終的にこの二人に全て持ってかれました。

あっこの二人以外にも李鴻章西太后への一体何十年だよってくらい積もり積もった想いにもときめきます。皇帝が寝技を乾隆帝に褒められるシーンとか。見どころいっぱいです。

いい本でした。蒼穹の昴。もっかい読み直そうかな。